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諸仏の中の王

南無阿弥陀仏の念仏で知られる阿弥陀仏という仏は、多くの徳・力を持ち、その徳に応じて様々な名前を持つ。

本名の阿弥陀仏に加えて、

  • 無量寿如来(如来=仏)
  • 不可思議光如来
  • 無碍光如来
  • 智慧光仏

などなど、全部で20以上の名前があると言われる。

釈尊は経典に阿弥陀仏のことを「諸仏の中の王」と言われている。

釈尊も諸仏の中の一仏であるから、阿弥陀仏が先生であり釈尊はその弟子にあたる。

大日如来も薬師如来も、奈良の大仏であるビルシャナ仏もみな、諸仏であり、阿弥陀仏の弟子である。

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【動画】はいはい自主トレ中


昨日は早く帰ろうという気持ちはあったものの、結局息子の就寝が遅くなるので風呂は妻に任せました(涙)。

私が息子に何もしてやれない日が続いていますが、掃除など、家事を黙々とやることにします。

息子はおむつかぶれがなくなりました。シアバターを塗らなくても、すべすべの赤ちゃん肌が戻ってきています。顔も綺麗に戻りました。

今日ははいはい自主トレ中の息子の動画をアップしていますのでご覧下さい。

体重は変わらずの6900g。なかなか増えず心配になりますが、過去の○ヶ月の成長の記事を見ると着実に増えているので、減らなければよいと言い聞かせています。

人間に生まれることの難しさ

「人身受け難し、今已に受く」(釈尊)

    生まれがたい人間に生まれてよかったという言葉。

    人間に生まれることは難しいと『雑阿含経』には盲亀浮木の譬喩で教えられている。

    「たとえば大海の底に一匹の盲亀がいて百年に一度、波の上に浮び上がる。海上に一本の浮木が流れている。その木の真中には一つの穴がある。百年に一度浮ぶこの亀が、丁度この浮木の穴から頭を出すことが一度でもあるだろうか」。

    弟子の阿難が「殆ど考えられません」と答えると、釈尊は「誰でも、そんなことは全くあり得ないと思うだろう。しかし、全くないとは言い切れぬ。人間に生れるということは、今の喩えよりも更に難しいことなのだ」と言われたという。

    有り難いという言葉は、有ることが難しいという意味からきている。

はいはいはまだ


息子は、うつ伏せになった状態で手足をばたつかせるようになってきました。どうやらはいはいをしたいようです。

7ヶ月目になると一人で座れるようになるようですので、順番としては腰が据わってきてからでないとはいはいはできないと思います。現在のところは、支えながらではありますが、18秒くらい座っていてあとは前のめりになっています。

子供を見ていると、自分もそんな風に身体ができあがり、心が成長してきたのかという発見が沢山あります。特に思うのは、両親を振り回し、全知全能を自分に向けさせて生きてきたということです。

世に、子を育てるほどエネルギーを使うことは無いと思うようになりました。

昨日も息子の体重は6900gで変わらずでした。7000gまで頑張れ!

ほめられたい心

世の中明るくしようと、ほめる力が大事と伝えるという番組があった。

人間、子供にでもほめられると嬉しい。

気持ちが軽くなる。

それほど思っていなかったことでもよくとって嬉しくなる。

そして、その気になる。

互いにほめ合うことは大いに励みたいが、裏を返せばそれだけ我が身がウヌボレ強いということか。

寝はげがなおってきた


今日は優先した仕事があったので随分遅くなってしまいました。会社のブログをリニューアルしていたのでした。

これまでこのブログで培ったものを全部投入しました。会社の方も、こちらの方もノウハウを両方に活かしてゆきたいと思います。

今日は帰宅が遅くなり、息子はすでに寝た後でした。

起こさぬようにと思いつつ、寝顔を覗いてとても癒されました。

1日の体重は6900gで変わらずでした。

写真は、ハイハイ練習中の息子です。寝はげがだいぶなおってきました。

善知識

仏教で、私達を助ける力のある仏である阿弥陀仏を教える人を善知識という。

善知識の元祖が釈尊。助ける力がない医者が、助ける力のある医者を患者に紹介するのと同じこと。

お釈迦様は一切経の結論として、「一向専念無量寿仏」、阿弥陀仏一仏に向かいなさい・阿弥陀仏一仏を信じなさいと教えられている。

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